

<http://www.fu-ten.fm/> <http://www.myspace.com/futenmusic>
FU-TENは「Naked Tracks」のドラマーのM.FUJITANI,「BEAT TRICKS」のDJ SUWA,「Mondo Grosso」「KYOTO JAZZ MASSIVE」のMCのB-BANDJ、「Naked Arts」のMCのMILIが、渋谷The Roomで開催されていたクラブイべント「瘋癲」で出会ったことから始まる。そして、M.FUJITANIと「Cool Struttin'」というバンドを結成していたギタリストGUROが参加する。クラブイベント「瘋癲」からヒップホップグループ「瘋癲」が誕生する瞬間である。FU-TENの発信地となったのは、M.FUJITANIの所有する京都のスタジオ「マッシヴ・スタジオ」だった。そして、スタジオにMILI、B-BANDJ、SUWAが集い、各々の経験とスキルを活かしたセッションを通してFU-TENのスタイルを確立していく。2001年には「THE BEGINING E.P」、「THE OVERFLOWING E.P」という2枚のFU-TEN名義のシングルをリリースする。また、ブルーノートのコンピレーション「NEW JAZZ STYLE」への参加も果たす。2004年5月には、FU-TEN待望の1st.フルアルバム 「MUSIC IS EXPRESSION」をNext Level Recordingsより発表。個々の卓越したスキルとセッションによって生み出された未知のグルーヴは、リスナーに大きな衝撃と新鮮な刺激を与え、 FU-TENの名前を確固たるものとする。しかし、同年の秋、メンバーのM.FUJITANIの交通事故による急逝という、大きな悲しみを経験することとなる。その悲しみを乗り越えて、2005年 4月には2ndアルバム「 FLIP HOP」をリリース。リリース直後にはUSツアーを敢行。大成功を収める。そして、2006年1月には「FLIP HOP」の映像化とも言えるDVD作品「FLIP HOP TV」をリリース。評判を呼ぶ。そして、FU-TENのプロジェクトにエンジニアとして参加していたGURO(Guitar)を新たに正式メンバーとして迎えたFU-TEN は、2006年10月に3rdアルバム「PIECES OF TIMES」をリリース。渋谷asiaで行われた「PIECES OF TIMES」リリースパーティーには500人の観客が集まり大盛況となる。2007年には、故M.FUJITANIの遺志を継いで、FU-TENが自らプロデュースするクラブイベント「TICKET TO RIDE」を立ち上げる。三重からスタートしたこのイベントは、その後、全国8都市(京都、東京、大阪、名古屋、三重、浜松、宮崎、鹿児島)と広がり、現在、規模を更に拡大中である。2008年に制作を再開したFU-TENは、夏に配信限定シングル「DAY & NIGHT」をリリースする。そして、2009年に待望の4枚目になるニューアルバム「FREE」をリリースする。

<www.myspace.com/monkeyken>
<www.monkeymagic4.com>
◆1994年.大阪の「JUGGLIN CITY 」現在の「ItoI」でのDJ CONTESTで優勝
◆2000年.大阪の「ブチカマシ」で行われたDJ CONTESTで再び優勝。
◆『 日本人 』 『 女子高生 』 『 こんな夜が・・・ 』 『 SMOKEY RAGGA 』
『 STEP BY STEP』『 SUN SHINE 』『 WOO LA LA 』『長浜の歌 』が人気!
◆2006年.FULL ALBUM 『MONKEY MAGIC4 』をリリースする。
◆2007年.MINI ALBUM 『SUNSHINE 』をリリースする。
雑誌「kawaii 」とreggaeのコラボCD「S.REGGAE」や色んなコンピCDに参加
◆08年.『MONKEY MAGIC 2』をCD化させリリースする。
◆08年.5回のJamaica4回の渡New Yorkでより一層馬鹿になる。
◆08.新曲『 W.I..N.E 』『 TAKE OFF 』『 日本人 』をDAGITAL配信リリース
◆2009.6月に新曲『GET HIGH』と横浜のNew Singer 「S.A.R.I.N.A 」
とのコンビで『BEST FRIEND』そしてTOKYOのR&B Singer 『LUNA』とのコン ビで『RISE UP』と計3曲をリリースする。

ベース、ギター、ドラム、キーボードの生演奏にターンテーブルとライムを組み合わせ、ドープネスの「夜を走る」HipHopバンド。02年結成。04、05年にミニアルバムを経て07年にフルアルバム『Words For Tomorrow』をリリース。心地よくもシンプルかつ深みのあるサウンドに、街の空気を落とし込んだリリックが溶け合ったその内容はアンダーグラウンドな評価を今日も高めつつある。またHipHopクラシックのカバーを盛り込んだライブは必見。これまでのKN-SUNのリリシズムとストイシズムに新たに加入した関西のベテランMC、SAL the soul がナルシズムを注入しさらに広い表現を獲得。2MC態勢で新たな展開を控えている。

関西HIPHOP史のLIVING伝説、生き証人、LOW DAMAGE,真っ赤な目をしたフクロウ、赤い目グルメ。1979年初渡米先のNYでHIPHOPと遭遇。「HIPHOPは感覚」と言い切る。現在アルバムぼちぼち制作中。http://ameblo.jp/akaimegurume/ チェックプリーズ、、、、、

90年初期からDJ、ターンテーブリストとして活躍し、96年Japan DMC Battleのウエストコー ストチャンピオンに輝く。Technicsのターンテーブル、ミキサーの開発に協力しTechnics初の HIPHOPDJミキサー『SH-1200』は、企画段階からから参加し、今も世界中のDJ達に師事されて いる。(SH-1200のSHはSharkから因んだもの。)数々のアーティスト(MONKY KEN, 元Mondo Grosso、現在瘋癲のメンバー B-BandJ, GM YOSHI,)などとの楽曲をリリース。DJ Suwa(Fu-ten),DJ Sanconと共にターンテーブルチーム Beattricksを結成、クラブ中心に活動。1999年、初の自身のアルバム“InqbationをMirror Ball/RC Recordsよりリリース。そのアルバムは アフリカバンバーダの率いるZulu Nationのインターナショナル・ヒップホップ2000年の枠で2位に選ばれる。それからの彼はDJだけではなく、プロデュース業も幅広くこなし、ヒップホップのフィールドに収まらずレゲエやロックの方面でプロデュースやリミックス等を行う。ライブの方ではバンバーダやQ-bert,Z-trip,Five Deezなどのオープニングも務め、2002年にはテクニクスの30周年イベントに海外からのゲストと共にスペシャルゲストとしてプレイした。その後、彼はHIPHOPの聖地ニューヨークに渡りその活動拠点をインターナショナルなものにしていく。現地NYではオールドスクールマンスリーパーティ『Back in da Days』をブルックリンで主催し、数々のHIPHOPレジェンド達との共演を果たす。(Grand Master Mell Mel (Grandmaster Flash and the Furious Five), Grand Wizard Theodore, DJ Spinna, Large Professor (Mein Source), Rob Swift(X-ecutioners), DP-One, Jeru the Damaja etc…) 様々なクラブプレイを通し、確実に彼の存在をニューヨークに浸透させており、DJとしての存在を世界にアピールしつつある。また、プロデュース業も力を入れており、NYのアーティストとの競演、楽曲リリースもしており、日本でのDJ Sharkとはまた違う更に進化した彼のスタイルを築いてきている。

京都出身¨BEAT TRICKS¨(DJ SHARK.DJ SANCON.DJ SUWA)のオリジナルメンバー。 レジデントをつとめるパーティー「ESSENTIAL」は2010年で15周年を迎えた全国指折りのパーティーで、毎年JAPANTOUR+海外ツアーも開催している。 現在KOHEI JAPAN,Full Of HarmonyのライブDJとしても活躍中。 最近の目立った楽曲はポニーキャニオンより発売のKOHEI JAPANのアルバム¨Family¨に参加、コロンビアレコードより東京渋谷ハーレム10周年記念アルバムにDJ SANCON FEAT VERBAL(m-flo)&Full Of Harmonyで参加などがある。 2008年12月にはアルバム発売に向けた先行CD&アナログ12incシングル"ESSENTIAL BEAT 01"が発売され2009年6月3日には海外に向けたアルバムを発売している。

瘋癲のサウンド面、そしてDJとしてライヴの要となり活動しているDJ SUWA。彼の音楽的な来歴は92年にDJシャーク、DJサンコンと共にDJチーム「Beat Tricks」を結成する事から始まる。京都メトロでのレギュラー・イヴェントの開催や数々のDJバトルに出場し、京都/関西シーンでの存在感を高めていった。コンピレーション・アルバム「WIRED」に“A Night”を提供するなど、トラックメーカーとしての活動も顕著になっていく。また、レーベル「ALMAKKA」を立ち上げ、インスト音源を中心にアナログ盤をリリース。SUWA自身も音源制作をする日本とプレス工場のあるアメリカとを行き来しながら、Naked TracksやDJシャークの音源リリースなど積極的なレーベル運営行う。その活動はアンダーグラウンドではあったものの、DJ KRUSHのMIX CD『Code4109』にALMACCAとしてフィーチャーされるなど、徐々に実を結び始める。その一方、96年にはDMC DJコンテストのラップ部門に出場し全国優勝を果たすなど、DJとしても活動も並行して行っていたが、SUWAは、楽曲を発表する場として音源だけではなく独自イヴェント「瘋癲」「TICKET TO RIDE」を立ち上げ、数多くのジャンルからアーティストを招き、セッションを通して楽曲、そしてイヴェント自体を構築するというオーガニックなスタイルへと進化していく。

管弦楽・鍵盤・打楽器を操るマルチプレイヤー。14歳よりトランペットを始めクラシックに傾倒。大阪芸大入学を機にクラブミュージックに目覚め METRO 1年目より[COOL TO COOL]にてMONDO GROSSOの前座を毎月つとめ、clubjazzを追い求めた。'93、DJチーム BEAT TRICKS(SHARK、SANCON、SUWA)と出会い、MONKEY-KEN、TIGER PONEを含めたHIP-HOP FAMILY[ALAMACCA]を結成、2枚のアルバム を発表。'96 DMC(RAP部門)では日本CHAMPに輝き、HIP-HOPとJAZZの融合を確実なものとした。その後「1945(クラナカ+ARI)」との JOINTも果たし、[RAINBOW 2000]をはじめとするビックイベントに数多く参加、ジャンルにとらわれない独自のグルーブを生み出す。レコーディングワークにも積極的で、現在まで にロットングラフティー、10-FEET、刃頭、MAGUMA MC'S、SUREN the FIRE、瘋癲(FU-TEN)、RATVILLE 等に参加。'97全国大声コンテストの準優勝者そぢて近年待望の優勝を獲得した事は、あまり知られていない…。

京都市木屋町蛸薬師 Riverside LOUNGE 代表。
独自の世界観と経験をもって、ブラックミュージックのよさをDJを通して伝える、京都を中心に活動するDJ SHIOTSU そのセンスは本物で、選曲の幅も広くミックスにおいてもリスナーを納得させ踊らせる。 これまでに国内外問わず、DJ LEAD達とともに様々なゲストを招き (PETE ROCK,THE PHARCYDE, BIG BOY & DJ E-MAN, KURUPT, XZIBIT, ROSCOE, SHADE SHEIST, DJ EVIL DEE &MR WALT, DJ TONY TOUCH, DJ STRETCH ARMSTRONG, DJ SPINBAD, FUNKY DL)現場をともにしてきた。

浅草、京都を拠点に活動。結成当初はプロデュースやリミックス等のスタジオワークがメインだったが、2008年からは自身の作品制作やライブなどを中心に再始動。ミュージシャン、ラッパー、シンガー等をゲストに迎え、HipHop、Reggae、Jazz、Soul、Rockなど様々なサウンドをミックスしたその独創的なサウンドは「ダブストラクト・サウンド」と呼ばれ、ユニットの代名詞となっている。